盛岡地方裁判所 昭和25年(行)118号 判決
原告 横沢徳四郎
被告 岩手県知事
一、主 文
被告が昭和二十三年八月一日附岩手と第一、三〇三号買収令書をもつて岩手県紫波郡古館村大字高水寺第六地割百十三番の一宅地四百七十二坪についてなした買収処分のうち、別紙図面記載百十三番の三宅地百六十六坪(同図面(い)(れ)ないし(な)(わ)(か)及び(い)を結ぶ線をもつて囲まれた地域)、同じく同番の四宅地六坪(同図面(ら)ないし(ゐ)及び(ら)を結ぶ線をもつて囲まれた地域)、同じく同番の五宅地八坪(同図面(ろ)(は)(に)(よ)及び(ろ)を結ぶ線をもつて囲まれた地域)並びに同じく同番の六宅地十坪(同図面(へ)(と)(ち)(た)(ほ)及び(へ)を結ぶ線をもつて囲まれた地域から右同番の四の地域を除いた部分)についてなした部分の無効であることを確認する。
原告のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを五分しその三を原告の、その余を被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十三年八月一日附岩手と第一、三〇三号買収令書をもつて岩手県紫波郡古館村大字高水寺第六地割百十三番の一宅地四百七十二坪についてなした買収処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、請求の趣旨記載の宅地は原告の所有であるところ、地元古館村農地委員会は昭和二十三年六月十四日右宅地につきそのうち後記百十三番の三の宅地の部分については訴外長谷川寅蔵より、同じく同番の一及び四ないし六の各宅地の部分については訴外小川宗一よりそれぞれ附帯買収申請があり同人等のために旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第十五条第一項第二号により買収の時期を同年七月二日とする買収計画を定め、同日その旨の公告をなし同日より十日間書類を縦覧に供し、被告は所定の承認手続を経たうえ右買収計画に基き請求の趣旨記載の買収令書を発行し、同二十四年八月四日これを原告に交付して右宅地の買収処分を行つた。
しかしながら右買収処分は次の理由により違法である。
右宅地は昭和二十四年六月十五日右買収手続において分筆の結果別紙図面のとおり百十三番の一宅地二百八十二坪(別紙図面(い)(ろ)(よ)(に)(ほ)(た)(ち)(り)ないし(わ)(な)(ね)(つ)(そ)(れ)及び(い)を結ぶ線をもつて囲まれた地域)、同番の三宅地百六十六坪(同じく(い)(れ)ないし(な)(わ)(か)及び(い)を結ぶ線をもつて囲まれた地域)、同番の四宅地六坪(同じく(ら)ないし(ゐ)及び(ら)を結ぶ線をもつて囲まれた地域)、同番の五宅地八坪(同じく(ろ)(は)(に)(よ)及び(ろ)を結ぶ線をもつて囲まれた地域)及び同番の六宅地十坪(同じく(へ)(と)(ち)(た)(ほ)及び(へ)を結ぶ線をもつて囲まれた地域から同番の四の地域を除いた部分)となつたところ、
一、(1) 原告は従前右百十三番の三宅地の部分の上に同大字第六地割字中田百十三番家屋番号同大字第六十八番木造木羽葺平家建居宅建坪四十坪を所有し、この建物を前記長谷川寅蔵に賃料一箇月金二十五円で賃貸して来、その後昭和二十五年八月二十日これを同人の子長谷川義夫に売り渡したことがあるが、その間同宅地を右寅蔵に賃貸したことも、使用貸借によつて使用させたこともない。
(2) のみならず右寅蔵は生計の全部を精米業によつて支え、僅かに一反七畝歩を耕作するに過ぎない非農家である。
それなら右寅蔵は右いずれの意味においても右百十三番の三の宅地の部分につき旧自創法第十五条第一項の規定による附帯買収申請の適格を有しないものといわねばならないから、右買収処分は該宅地の部分において、この点を誤認して定められた買収計画に基いたものとして重大な瑕疵があり、法律上当然無効である。
二、(1) 右百十三番の一の宅地の部分のうち別紙図面(い)(ろ)(よ)(に)(ほ)(た)(ち)(り)(な)(ね)(つ)(そ)(れ)及び(い)を結ぶ線で囲まれた地域は前記小川宗一方の居宅並びに右同番の四の宅地に該当する部分にある現に原告使用の氷倉庫に共用される通路であつて、右小川のためにのみ使用されているものではない。
(2) 右百十三番の四の宅地の部分は右氷小屋の敷地であるが、原告はこの部分を右小川に賃貸したことはない。
(3) 右百十三番の五の宅地の部分は右小川ではなく訴外阿部秀雄が使用しているところである。
それなら右各宅地の部分(百十三番の一は右通路の部分)はいずれも右小川に売り渡されるべきものではないから、右買収処分は該宅地の部分においても、右のような点を誤認して定められた買収計画に基いたものとして重大な瑕疵があり、法律上当然無効である。
しかして右買収処分は前述のように分筆前の前記百十三番の一宅地四百七十二坪についてなされたのであるから、そのうちに右のように重大な瑕疵を含む部分がある以上結局全体として無効であるといわなければならないから、その無効確認を求めるため本訴に及ぶと陳述し
被告主張の事実に対し、右宅地四百七十二坪のうち右百十三番の一及び六の宅地合計二百九十二坪を従来小川宗一が原告より被告主張の賃料で賃貸していたこと、同人より被告主張の日右村農地委員会に対し右宅地四百七二坪のうち同人の使用部分につき附帯買収申請があつたこと、右宅地四百七十二坪が前記買収手続を経て被告主張のとおり売り渡されたこと、長谷川寅蔵及び小川宗一が今次農地改革によつて解放を受けた農地及びその各売渡関係がいずれも被告主張のとおりであること並びに右小川が解放を受けた農地と右百十三番の一及び六の各宅地の部分との間に旧自創法第十五条による附帯性につき被告主張のような事実関係のあることは認めるが、前記百十三番の四ないし六の各宅地の部分につき前記買収手続中に被告主張のような経緯があつたことは知らない、その余の点は否認すると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、原告主張の事実のうち、原告主張の宅地がもと原告の所有であつたこと、古館村農地委員会が右宅地につき原告主張の日その主張のとおりの経緯で附帯買収計画を定め、公告をなし、書類を縦覧に供し、被告が所定の承認手続を経たうえ右買収計画に基き原告主張の買収令書を発行し、原告主張の日これを原告に交付して右宅地の買収処分を行つたこと、右宅地を原告主張の日その主張のとおり五筆の宅地に分筆したこと及び右五筆のうち百十三番の五宅地八坪を訴外阿部秀男が使用していることは認めるが、その余の点は争う。右宅地四百七十二坪のうち百十三番の一、四及び六の部分の宅地合計二百九十八坪は原告家が約五十年前から訴外小川宗一家に対し期間の定なく賃料は年米八斗三升の約で賃貸していたところであり、同じく同番の三の部分の宅地百六十六坪は原告が約十五年前から訴外長谷川寅蔵に対し期間の定なく賃料は月二十五円(ただし右買収計画当時)の約で賃貸していたところである。
ところで右買収手続をとるに至つた事情は次のとおりである。右村農地委員会に対し昭和二十三年一月七日小川宗一より書面をもつて右宅地四百七十二坪のうち同人の使用部分につき、同月三十日長谷川寅蔵より口頭をもつて同じく同人の使用部分につきそれぞれ附帯買収申請があつたので、同委員会は右申請に基き右四百七十二坪全部を右小川及び長谷川両名において使用しているものと考え、これにつき全筆買収の計画を樹立した。ところがその後右両者の使用部分を明らかにするため実地測量を行い前記のとおり分筆をなした結果、右宅地のうちに阿部秀雄が使用している前記百十三番の五にあたる八坪があることが判明したがその部分をも買収することは既に確定していたので、後日売渡手続の際これを原告に売り戻して解決することにし右全筆買収のまま手続を進めた。また右四百七十二坪の宅地のうち前記百十三番の四及び六の部分の各宅地についてはその後小川より右委員会に対し買収申請の取下を口頭で申し出たので、同委員は審議のうえ昭和二十四年一月十日この取下を承認したが、この点においても買収計画の変更はしなかつた。よつて被告は前述のとおり右四百七十二坪の宅地全部の買収計画に基いて同宅地の買収処分を行つたのである。しかしその後右百十三番の三の宅地は右長谷川寅蔵(昭和二十三年十月十三日死亡)の子長谷川義夫に対し、同番の一の宅地は右小川に対し、同番の四ないし六の宅地は原告の子横沢章に対しそれぞれ売渡手続(売渡通知書の交付は小川には同二十五年三月六日、長谷川及び横沢には同月七日)がとられた。
なお右宅地の賃借人である右長谷川寅蔵及び小川宗一が今次農地改革によつて解放を受けた農地及びその各売渡関係はそれぞれ別紙目録記載のとおりであつて、右長谷川が売渡を受けた右農地と右宅地との距離は約四粁以内であり、右小川が売渡を受けた右農地と右宅地との距離はいずれも一粁である。また右長谷川の耕作面積は右解放農地の外小作畑六畝歩、小作田二反四畝二十歩で、合計四反七畝一歩であり、家族は八名で内稼働人員は四名である。右小川の耕作面積は右解放農地の外畑四反五畝歩で、合計二町一畝十二歩であり、家族は七名で内稼働人員は二名、家畜は右宅地買収当時牛馬各一頭である。
以上の次第で原告の請求は失当であると陳述した。(立証省略)
三、理 由
原告主張の宅地四百七十二坪がもと原告の所有であつたこと、地元古館村農地委員会が昭和二十三年六月十四日右宅地につき、そのうち原告主張の百十三番の三の宅地の部分については訴外長谷川寅蔵より、同じく同番の一及び四ないし六の各宅地の部分については訴外小川宗一よりそれぞれ附帯買収申請があり同人等のために旧自創法第十五条第一項第二号により、買収の時期を同年七月二日とする買収計画を定め、同日その旨の公告をなし、同日より十日間書類を縦覧に供したこと、被告が所定の承認手続を経たうえ右買収計画に基き原告主張の買収令書を発行し、同二十四年八月四日これを原告に交付して右宅地の買収処分を行つたこと並びにこれより先同年六月十五日右土地が右買収手続において原告主張のとおり百十三番の一宅地二百八十二坪、同番の三宅地百六十六坪、同番の四宅地六坪、同番の五宅地八坪及び同番の六宅地十坪の五筆に分筆されたことはいずれも当事者間に争がない。
よつて先ず原告主張一の点すなわち本件買収宅地のうち右長谷川寅蔵のためになされた百十三番の三宅地百六十六坪の部分の本件買収手続に瑕疵ありやについて検討する。
古館村長の証明部分の成立に争がないのでその全部の成立を認めるべき甲第二号証に証人加藤憲太郎、山本正夫、水本雅志及び長谷川義夫の各証言を併せ考えると、長谷川寅蔵は大正三、四年頃より右宅地にある原告主張の建物を原告から賃借し、その一部を店舖となし同所で米麦その他雑穀の精白精粉賃加工を業とする傍ら農具の販売をなして来たが、昭和六年頃右宅地の部分をも借り受けここで養鶏をやるようになり、同二十二年頃には鶏約八十羽を飼い年約一万五千円の収入を挙げていたこと、本件買収計画当時の右長谷川方の家族は八名でそのうち稼動人員は四名であり、また当時の耕作反別は約二反二畝歩であつて、その収穫は野菜の外に小麦年六、七俵であつたこと及び右寅蔵は同二十四年十月死亡し、その家業をその子の義夫が引き継いで今日に至つているが、同人の代になつて更に昭和二十七年三月右耕作地のうち六畝十六歩の解放を受けたり、同二十八年には他所より田二反四畝二十歩を借り受けて耕作をはじめるなど多少農耕にも意を用いるようになつたことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠がない。以上認定の事実関係より見るならば、本件買収計画当時における右寅蔵の生業は前記のような精米等の賃加工を主とし、傍ら農具の販売をもなす精米業であつて、右養鶏及び畑の耕作は生計の補助のためになすものに過ぎないものであり、右長谷川家において農耕にも意慾を示すようになつたのは右寅蔵の子義夫の代になつてから、しかも右宅地の売渡を受けた(義夫に昭和二十五年三月七日右宅地の部分の売渡通知書が交付されたことは当事者間に争がない)後の最近のことにかかることが明らかである。それなら右寅蔵は耕作の業務を営むことをもつて主たる生業となす農家ではなく、旧自創法第十五条第一項にいう買収農地につき自作農となるべき者に該当しないから附帯買収申請の適格を有しないものといわなければならない。してみれば本件附帯買収計画は右百十三番の一宅地百六十六坪の部分に関する限り申請の適格のないものの申請に基いてなされたものであり、この点において重大な瑕疵があるのみならず、その瑕疵は右寅蔵の生業に関する前記認定の事実に徴し本件買収手続当時既に明白であつたと認められるから、本件買収計画及びこれに基く本件買収処分は同宅地の部分に関する限り法律上当然無効であるというべきである。
次に原告主張二の点すなわち本件買収宅地のうち右小川宗一のためになされた百十三番の一宅地二百八十二坪、同番の四宅地六坪、同番の五宅地八坪及び同番の六宅地十坪の各部分の本件買収手続に瑕疵ありやについて検討する。
右百十三番の一及び六の宅地合計二百九十二坪は小川宗一が従来原告よりこれを賃貸していたものであること、同人より昭和二十三年一月七日本件買収宅地のうち右五筆の宅地の部分につき前記村農地委員会に対し附帯買収の申請があつたこと、右小川が今次農地改革において解放を受けた農地が別紙目録記載のとおりであること及びこの解放農地と右宅地との間に旧自創法第十五条による附帯性につき被告主張のような事実関係があることはいずれも当事者間に争がない。
ところで右百十三番の五の宅地の部分については買収計画当時その使用者が右小川ではなく訴外阿部秀男であることが本件買収手続の進行中において既に判明していたこと、また右百十三番の四及び六の各宅地の部分についてはこれまた買収手続の進行中に右小川より右村農地委員会に対し附帯買収申請の取下を申し出たので、同委員会において審議のうえ昭和二十四年一月十日この取下を承認したこと、しかし同委員会は右いずれの場合においても後日売渡の際において所有者たる原告に売り戻して解決することにして買収計画をそのまま変更しなかつたこと及び右三筆の宅地はその後においていずれも原告の子横沢章に売渡手続がとられたことは被告の自認するところである。それなら右八坪の宅地は小川のために附帯買収すべきものではないし、また右六坪及び十坪の各宅地については結局申請に基かないで附帯買収計画を立てたことになるのであるから、右委員会はよろしく右宅地の部分を本件計画より除外すべきであつたのに、前述のとおり後日売渡の際において原告に売り戻し辻褄を合わせれば足るものと解し、そのまま買収手続を押し進め該各宅地の部分をも買収のうえこれを原告の子横沢章に売渡したものと見る外はない。しからば本件買収計画及びこれに基く本件買収処分は買収手続の進行中において附帯買収要件を欠くことが明らかとなつた右百十三番の四ないし六の各宅地の部分を殊更に本件買収範囲より除外しなかつたこととなるから、右各宅地の部分に関してもやはり重大且つ明白な瑕疵を蔵するものとして法律上当然無効であるというべきである。
そこで更に右百十三番の一の宅地の部分について按ずるに、検証の結果によれば別紙図面(い)(ろ)(よ)(に)(ほ)(た)(ち)(り)(な)(ね)(つ)(そ)(れ)及び(い)を結ぶ線で囲まれた地域が原告の主張するように国道より右百十三番の四宅地にある原告所有の氷小屋と小川宗一方居住に至る通路であることは明らかである。従つて該宅地が国道に出る通路として前示附帯性に関する事実関係よりして専業農家であると認められる小川方の営農上必要欠くべからざるものであることは言をまたないが、右氷小屋の使用価値は検証の結果に徴しさして高いものとは認められず、それに対する右通路の効用は前者の場合と比較すべくもないから、同小屋のあることをもつて右通路の部分の宅地の買収を不適当であるとすることはできない。原告はこの点の主張は当らない。しかして右百十三番の一宅地の部分に対する本件買収手続につき原告は他になんら主張立証をなさないし、また本件記録に徴しても同宅地の部分の買収手続に瑕疵と目すべきものは発見できないから、原告の請求は右宅地に関する限りにおいて理由がないことに帰する。
果して以上述べたとおりであるとするなら、原告の請求は爾余の判断をなすまでもなく本件買収処分のうち買収手続において既に明確となつた前記百十三番の三ないし六の各宅地の部分に関する限度において正当である(前述のとおり各宅地についてはその後売渡処分がなされているから原告は右の限度において本件買収処分の即時無効確認の利益がある)からこれを認容し、爾余の部分は失当としてこれを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 下斗米幸次郎)
(目録省略)